イントロダクション〜巨大企業に立ち向かった遺族たちの告発、労働者の闘い

 2014年2月、1本の映画が韓国で話題を集めた。サムソン電子の半導体工場での労災裁判を描いた「もうひとつの約束」である。

 サムソンといえば、韓国のGDPの2割を稼ぎ出し、その資金力で韓国経済の隅々にまで影響力を行使するトップ企業である。そんなサムソンの恥部を告発する映画が製作されるとのニュースに、業界投資家は二の足を踏んだ。劇場も同様に、サムソンを向こうに回すことを恐れ、相次いで上映を見送った。

 にもかかわらず一般の人々の出資で映画は製作され、自主上映会運動が巻き起こるなど、社会現象となった。軍事独裁から民主化を勝ちとった韓国の民衆は、抑圧の主体が資本へと移った今も、不正と闘うことをあきらめない。巨大企業に素手で闘いを挑むかのごときこの映画に、日本の私たちは何を学ぶことが出来るだろうか。
イントロダクション

あらすじ

 江原道・束草(ソクチョ)のタクシー運転手、ハン・サング(パク・チョルミン)は妻と2人の子供と、平凡ながら幸せな家庭を築いていた。娘のユンミ(パク・ヒジョン)が韓国随一の企業、ジンソン電子の半導体工場に就職したことに、家族も誇らしげだ。ところがほどなく、ユンミの体に異変が現れる。ジンソンの社員が見舞金を手に一家を訪れ、辞職願と労災申請放棄の覚書にサインを迫る中、ユンミは22歳の生涯を閉じる。病名は急性骨髄性白血病。

あらすじ あらすじ

 サングは労災を申請するが承認されず、労務士のナンジュ(キム・ギュリ)と共に、被害者を集め提訴に踏み切る。ジンソンの執拗な妨害工作に離脱者が相次ぐ中、サングは言う。「絶対にあきらめない。父親だから」——そして裁判は結審を迎える。

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製作ノート

製作ノート  この映画は、サムソン電子半導体工場で働くうち、白血病を患って2007年に22歳で他界したファン・ユミさんの父親、ファン・サンギさんの裁判闘争を元に、キム・テユン監督が取材し、脚本化した。

 サムソン電子は、半導体の製造過程で使われる有機溶剤に人体に有害な化学物質が含まれている事実を、工員はおろか弁護士にさえ、企業機密だとして明らかにしなかった。その結果、複数の労働者が急性骨髄性白血病やリンパ腫といった稀病を発症した。被害者5人が2007年から二度にわたり、勤労福祉公団に労災を申請するも、全員が不承認の通知を受けたため、2009年、労災認定を求めてサムソン電子を提訴。2011年にファン・ユミさんら一部について労災が認められるが、全面的な解決には至らず、裁判は現在も継続中である。サムソン側は2014年4月に謝罪声明を出したが、因果関係については否認を続けている。

 韓国では国内総生産(GDP)の約2割をサムソン・グループが占めると言われ、就職先人気ランキングでは常に上位を占める。その一方で、その経営多角化が個人経営の小売店や中小企業の経営を圧迫していることや、政権との癒着など経営倫理上の問題、また労働組合の結成を禁じていることから、同時に最も国民の反感を買っている企業でもあると言われる。この映画は当初、サムソン・グループのキャッチフレーズである〈もうひとつの家族〉をタイトルにする方向で製作が進められたが、上映前に「もうひとつの約束」に改題された。

 製作資金は、韓国映画史上初のクラウドファンディング(不特定多数の人が、主にインターネット経由で財源の提供や協力などを行うこと)方式を採った。ファンディングに参加した個人の数は1万人にのぼり、中にはサムソンの社員、サムソンの半導体研究者もいた。監督のキム・テユンや主演のパク・チョルミンもギャラを寄付したという。

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